アルヴェ・ヘンリクセン『カートグラフィー』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

Arve Henriksen (tp, voice, field recordings)
Jan Bang (live sampling, samples, beats, programming, bass line, dictphones, organ samples, arrangement)
Audun Kleive (per, ds)
David Sylvian (voice, samples, programming)
Helge Sunde (string arrangement, programming)
Eivind Aarset (g)
Lars Danielsson (double b)
Erik Honoré (syn, samples, field recordings, choir samples)
Arnaud Mercier (treatments)
Trio Mediaeval (voice samples)
Vélène Andronikof (vo)
Vytas Sondeckis (vocal arrangement)
Anna Maria Friman (voice)
Ståle Storløkken  (syn, samples)

1. Poverty and Its Opposite (Henriksen / Bang / Kleive)
2. Before and Afterlife (Sylvian / Henriksen / Bang)
3. Migration (Henriksen / Bang)
4. From Birth (Henriksen / Bang / Kleive)
5. Ouija (Henriksen / Bang / Honoré)
6. Recording Angel (Henriksen / Bang)
7. Assembly (Henriksen / Bang / Honoré)
8. Loved One (Henriksen / Bang)
9. The Unremarkable Child (Henriksen / Bang)
10. Femine’s Ghost
– Part One (Henriksen / Bang / Honoré / Brooks)
Part  Two (Henriksen / Bang / Honoré / Storløkken)
11. Thermal (Sylvian / Henriksen / Bang / Kleive / Aarset)
12. Sorrow and Its Opposite (Arntsen / Skeie)

ノルウェー出身のトランペッター、アルヴェ・ヘンリクセン。1968年生まれの40歳、演奏家としてのキャリアはおよそ20年になる。その膨大で多岐に渡るディスコグラフィーのうち、12枚がECMへのものである。そして4作目にして初めてECMからリリースされるリーダー作がこの『カートグラフィー』である。

一足先にECMからデビューしたピアニストのクリスティアン・ヴァルムルーやサックス奏者のトリグヴェ・サイムと同様、アルヴェ・ヘンリクセンもノルウェーの名門トロンハイム音楽院のジャズコースで学んだ。彼に音の面で決定的なきっかけを与えたのが先輩格のトランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェルである。まだ学生だったアルヴェ・ヘンリクセンにモルヴェルが手渡したのが尺八のカセットテープで、それが彼独特の、空気を多く含んだような、とても金管楽器とは思えない柔らかな手触りの音色を生み出すヒントとなる。

彼よりひと世代上になるヨン・バルケ、同世代である先述のヴァルムルーやサイムのアンサンブル等、ノルウェーらしいジャズ、言い換えればノルウェー産ECM作品に多く参加し、いずれにおいても彼の音と演奏はアンサンブルのキーとなっている。アンサンブル全体を把握し、他のプレイヤー、さらにはオーディエンスの状態まで配慮した上で、その音楽にとって最上の音を、自分らしい音色とフレーズで加えていくその才能は計り知れない。

ECMへの録音はほとんどがアコースティックなものだが、一方で彼が10年以上に渡って続けているエレクトリックな音を扱うグループがSupersilentだ。打ち合わせも作曲もなし、4人のメンバーはステージやスタジオに集まって、何の合図もなしにただ演奏するだけ、というコンセプトで、音はいわゆるジャズよりむしろロックや電子音楽などに親和性を感じさせるが、即興演奏という意味ではジャズである。このグループでは6枚のアルバムリリースがあり、グループやメンバー個々の活動を反映させ常に音楽を進化させている。アルヴェ・ヘンリクセンは、現在このグループでは、トランペットはもとよりドラムも叩き、声のパフォーマンスを見せ、エレクトロニクスを操ったりもしている。

そのSupersilentの作品をリリースしているノルウェーのレーベルRune Grammofonのオーナー、リューネ・クリストファーシェンに勧められて録音したのがソロ1作目『Sakuteiki』(2001年、Rune Grammofon)だ。造園の心得について説いた平安時代の著作『作庭記』にインスパイアされたこの作品は、尺八を始めとする日本の文化の彼自身の解釈であり、内容は完全なソロ演奏で、Supersilentの盟友であるヘルゲ・ステンが録音を手がけている。ヘルゲ・ステンとのコラボレーションはソロ3作目である『Strjon』(2007年、Rune Grammofon)へと続き、こちらではさらにSupersilentのキーボード奏者ストーレ・ストーレッケンも加わり、故郷の風景、10代の頃にまで遡る音楽的なアイディアなどを現在の彼が力強く表現した作品である。

その2作品の間に発表されたのが、ヤン・バングとエリック・オノレがプロデュースしたソロ2作目『Chiaroscuro』(2004年、Rune Grammofon)である。ポップ畑のプロデューサー、また自身ポップ系のミュージシャンとしての録音もあるヤン・バングと、最近では作家として長編小説も発表しているエリック・オノレは、前者がややミュージシャン寄り、後者がややエンジニア寄りのプロデューサーコンビで、共にノルウェー南部の街クリスティアンサン出身である。2人が2000年に設立したPan M Recordsは同年から翌年にかけて3枚の作品を残したが、そのうちの1枚『Birth Wish』は、アルヴェ・ヘンリクセンとクリスティアン・ヴァルムルーの演奏をバングとオノレがリアルタイムでサンプリングしたものである。レーベルは2年で活動を停止するが、2004年のアルヴェ・ヘンリクセンの『Chiaroscuro』ではその手法、リミックスが大きくフィーチャーされ、イタリア語のアルバムタイトル「光と影」さながらに陰影に富んだイメージを表現している。

バングとオノレは翌2005年、地元クリスティアンサンでPunktというフェスティバルをスタートさせた。即興演奏を含むライヴ演奏を大きなステージで行い、その音源を小さいスペースでリミックスするというテーマに絞り込んだこのフェスティバルは評判を呼び、毎年国内外の興味深いミュージシャンを招聘し、着実にそのネットワークを広げている。2006年、第2回の同フェスティバル開催に合わせてショウケース的なコンピレーション・アルバム『Crime Scenes』(Punkt Recordings)がリリースされた。様々な参加ミュージシャンの中、ひときわ話題を呼んだのがデヴィッド・シルヴィアンで、アルヴェ・ヘンリクセンと同じトラックに参加している。これより先、バングとオノレはデヴィッド・シルヴィアンのインスト曲のコンピレーション『Camphor』(2002年、Virgin)にニルス・ペッター・モルヴェルと共に参加、さらに2005年のリミックス・アルバム『The Good Son vs. The Only Daughter』(2005年、Samadhisound)へもこの3人で参加している。

イギリス出身のデヴィッド・シルヴィアンは、1970年代後半から80年代初頭に活動したグループJapanの名前を持ち出すまでもなく、カルト的な人気を誇るシンガーでありアーティストである。彼の音楽面での特徴の1つに、トランペット奏者のチョイスがある。ソロ転向後起用したのはジョン・ハッセル、ケニー・ホイーラー(ホイーラーはトランペットでなくフリューゲル・ホルンだが)、マーク・アイシャム、マルクス・シュトックハウゼン、ニルス・ペッター・モルヴェル、と音の面で共通点の多い個性的な名手たちだ。そしてその次に出会ったのがアルヴェ・ヘンリクセンである。アルヴェ・ヘンリクセンとシルヴィアンの邂逅には何人かの仕掛け人たちがいるが、直接的にシルヴィアンにアルヴェ・ヘンリクセンのアルバムを渡したのはバングだったという。シルヴィアンはアルヴェ・ヘンリクセンの音楽を大変気に入り、インタビューでは『Chiaroscuro』を2004年のベストアルバムの1枚に挙げる発言もみられた。

Punktの『Crime Scenes』での共演に続き、同年2005年、デヴィッド・シルヴィアンがNine Horsesというグループ名義で発表した『Snow Borne Sorrow』(Samadhisound)へアルヴェ・ヘンリクセンがゲスト参加、そして香川県直島で開催された展覧会に出品されたシルヴィアンのインスタレーション作品『When Loud Weather Buffeted Naoshima』(2007年、Samadhisound)でも共演している。

この『カートグラフィー』は2005年から2008年に渡り録音されたものをまとめたものであり、スタジオ録音やライヴ録音など様々な音源を含んでいる。演奏に加わっているミュージシャンのうち、ドラマーのアウドゥン・クライヴェとギタリストのアイヴィン・オールセットを迎えたアルヴェ・ヘンリクセン・トリオは2005年にレギュラーグループとしてツアーを行っており、11曲目はその時のライヴ録音である。また、2005年と2006年のPunktでのライヴ音源も含まれるが、それらは音源の1つであり、バングとオノレによってかなり手が加えられているため、より複雑な響きを湛えている。スウェーデンのベーシスト、ラーシュ・ダニエルソンや、アルヴェ・ヘンリクセンとはデュオでも演奏しているストーレ・ストーレッケンらが顔を出す中、ユニークなのは「声」の使い方だろう。フランス出身のロシア系ソプラノシンガー、ヴェレーヌ・アンドロニコフ、ECMから4枚のアルバムを発表しているノルウェー/スウェーデンのヴォーカルグループTrio Mediaeval、そのTrio Mediaevalのメンバーであるスウェーデン出身のソプラノシンガー、アンナ・マリア・フリーマン、そして自身の声。2作目『Chiaroscuro』などと比べると自身の声による部分はかなり減っているが、例えば多くのクレジットがある6曲目「レコーディング・エンジェル」の、曲をリードする冒頭からの歌声はアルヴェ・ヘンリクセン本人によるものである。

しかし、なんといっても存在感を示すのがデヴィッド・シルヴィアンの声である。2曲目「ビフォー・アンド・アフターライフ」は元々シルヴィアンのプロジェクトとして「直島」プロジェクトの音源を用いて製作されたトラックで、2008年3月に発売されたアメリカのアート誌『Visionaire』53号に収録されたものである。そしてライヴ音源に声を載せた11曲目では、類まれな声と美しいトランペット、そしてリミックスという手法が生み出すマジックを目の当たりにすることができる。

リミックスはまた、通常のレコーディングセッションではあまり起きることのない共演を生み出すこともある。Trio Mediaevalの音源はトリオのレコーディングのものからであり、ヴェレーヌ・アンドロニコフの録音はバングがちょうど手がけていた別のプロジェクトのものである。この「リミックスによる共演」の特徴が最も顕著に出ているのは終曲「ソロウ・アンド・イッツ・オポジット」だ。この曲には牧師で作家でもあるアイヴィン・シャイエと作曲家のアスビェン・アンツェンがクレジットされている。彼らもまた、バングらとともにクリスティアンサンでアルバムを録音していた。その音源を用いたこのトラックは教会音楽の持つ荘厳な美しさと余韻を残し、まるで何度も聴いた懐かしいアナログレコードのように揺れる音でアルバムは閉じられる。

『カートグラフィー』-地図製作-とこのアルバムを名づけたのはデヴィッド・シルヴィアンで、彼はそれぞれのトラックの名づけ親でもある。ミュージシャンによる演奏と声、そしてリミックスが繋ぐ、物理的な地図を超えた音の地図製作は、まだ始まったばかりである。

2008-12-10 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCE-1109 / 原盤 ECM Records, ECM 2086, 2008