アトミック 『ハッピー・ニュー・イヤーズ!』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

Fredrik Ljungkvist (sax, cl)
Magnus Broo (tp)
Håvard Wiik (p)
Ingebrigt Håker Flaten (b)
Paal Nilssen-Love (ds)

1. Roma (Lungkvist)
2. St Lureplass (Broo)
3. Cosmatesco (Lungkvist)
4. Two Boxed Left (Lungkvist)
5. Soundtrack (Wiik)
6. Poor Denmark (Lungkvist)
7. ABC 101 B (Wiik)
8. Sooner or Later (Lungkvist)
9. Crux (Wiik)
10. Closing Stages (Wiik)

2005年4月12日のアトミック来日公演はひとつの「事件」だった。前日の愛知万博での演奏に続くこの日、火曜日の夜だというのに新宿ピットインには200人を越える観客が詰め掛け、開演直前には椅子席を少しずつ詰めないと立ち見が入りきらないという事態に発展。演奏のほうもその熱気を吸い上げたかのような力のこもったもので、『フィート・ミュージック』(2001年)、『ブーム・ブーム』(2003年)という優れた2作品の印象を完全に吹き飛ばす迫力は衝撃的ですらあった。「あの日のことは一生忘れないだろう」-そうステージ上にいた彼らが振り返るその日のライブは、音楽の素晴らしい瞬間を堪能させられるものだった。

その余韻覚めやらぬうちに届けられたのが『ザ・ビキニ・テープス』だ。当初2枚組として構想されたこのライブアルバムは、半年に渡り断続的に行われたツアーの最後の音源を収録し3枚組となった。ライブならではの演奏をアルバムに収めることに加え、彼らの変化の過程を記録することにより、この作品は立体的な意味を持つものとなった。

日本を始めとする国外で先行リリースとなったこの『ザ・ビキニ・テープス』の、地元ノルウェーでのリリースコンサートは2005年8月15日にオスロの有名なクラブ「ブロー」で行われた。事前にほとんど告知されなかったシークレット・ギグに近いそのライブには興味深い観客が集まった。会場前方には20代前半位の若いファンが多く、ジャズというよりポップスやロックの会場でみられるような反応を示している。そして会場後方には折からオスロに滞在中だったケン・ヴァンダーマーク、アトミックと同じクインテット編成で一世代若いモティーフのメンバー、アトミックのオリジナルメンバーだったホーコン・コーンスタ、ヤガ・ヤシストのメンバー等々あらゆるミュージシャン、それに彼らが所属するJazzlandのオーナーや他のいくつかのレコードレーベルの主催者たち。アトミックが地元でどれほど重要なバンドであるかを垣間見るシーンだった。

『ザ・ビキニ・テープス』は当初2500枚限定でプレスされた。ところが、予定をはるかに上回る枚数が国外発注分として輸出され、肝心のノルウェーでのリリース日までにメンバー分も含めて在庫が全てなくなってしまい、会場では「リリースコンサートですがCDはありません。欲しい人は日本へ行って下さい」と冗談を交えてアナウンスされる始末である。レーベルはあわてて数百枚の追加プレスを決定したが、ライブ録音の3枚組としては異例であり、『ザ・ビキニ・テープス』というアルバムがその内容にふさわしいリアクションを得ているということでもある。

1999年に結成され、1度の大きなメンバーチェンジを経て着実な活動を続けるアトミックは、地元紙などでも評されるように名実ともに「スーパーグループ」である。メンバー全員がリーダー作のリリースがあり、多くのグループに参加、大陸を渡り歩いてツアーをこなしている。2005年夏にはポール・ニルセン・ラヴが自身の“ドリーム・チーム”による『Townorchestrahouse』(Clean Feed)を、またホーヴァル・ヴィークはホーコン・コーンスタ(ts)とのデュオで『Eight Tunes We Like』(Moserobie)をリリースしている。しかしこの夏恐らく最も注目されたのはインゲブリクト・ホーケル・フラーテンのリーダーグループだろう。ヤガ・ヤシストのメンバーでもある音響派ギタリスト、アネシュ・ハーナ、力強いブロウを持つクラウス・ホルム(as, bs)そしてスウェーデン人ドラマー、フレデリク・ルンドクヴィストによるカルテットとしてスタートしたグループは、最後のピースとして非常にトラッドなスタイルのヴァイオリニスト、ウーラ・クヴェーンベルグを加えるという意外な人選でまずは周囲の驚愕を呼んだ。「現代的なジャズとロック、即興演奏のダイナミックなブレンド」だというその音楽は既にライブで高い評価を得ており、現在製作中のファーストアルバムのリリースが待たれるところだ。アトミックとは全く異なるクインテットでの活動は、またアトミックでの活動に少なからず新しいインスピレーションをもたらすだろう。

『ザ・ビキニ・テープス』に続く通産4作目となるスタジオ録音作は、実は来日公演よりも前、2005年2月に録音されていた。当初はその2日間のセッションをリリースする予定だったようだが、11月の北欧ツアーの合間を縫って再び1日スタジオに入り、アルバムを完成させている。このあたりの経緯は前作と似ており、本作にも彼らのさらに新しい音が収録されることになった。

フレデリク・ユンクヴィストが2005年1月ローマ滞在中に書いたという「Roma」を耳にした瞬間、いろいろなことが分かるだろう。ファーストアルバムを録音したストックホルムの有名なスタジオAtlantis StudiosからセカンドアルバムではオスロのRainbow Studioに移動、ライブアルバムを挟んで、リリース元Jazzlandのオフィスに隣接したBugge’s Roomでの今作と録音の違いは確かに大きい。しかしそれ以上に、素晴らしいライブ盤の後にそれを超えるスタジオ録音作をリリースするという難しい課題をいとも簡単にクリアしている彼らに敬意を表さねばならない。

スウェーデン人2人とノルウェー人3人から成るアトミックでは常に2ヶ国語が飛び交っているが、たまに生じる聞き違いなどの小さな言葉の問題からタイトルを付けたという「St Lureplass」(”Lureplass”は「妙な場所」といった意味)は、マグヌス・ブルーらしいスウィングと優しいメロディーを持つ。

「Cosmatesco」はこれまでのアトミックにはみられなかった全くビートのない抽象的な音響セッション。1曲挟んで5曲目の「Soundtrack」も若干「動」のイメージを持つが同じ流れにある。前者がフレデリク・ユンクヴィスト、後者がホーヴァル・ヴィークと作曲者が異なるが、共にアトミックの新しい一面を見せる演奏だ。

間に挟まれる「Two Boxes Left」は、来日公演でも披露され、観客の注目を集めた曲だ。インゲブリクト・ホーケル・フラーテンがベースにかぶりつき、掻きむしるようなソロを弾いている間、他の4人はフレデリク・ユンクヴィストの右手から繰り出される合図で即興的に短いフレーズを挟み込んでいく。その鮮やかな演出は現在の彼らのライブのハイライトの1つになっている。

一方、比較的新しい曲である「Poor Denmark」は、前作に2バージョンが収録されていた同じくフレデリク・ユンクヴィスト作の「Kerosene」と似た構造を持つ。少々人を食ったようなレトロなメロディーの後には全く異なる楽曲のような展開が待っている。

この曲に限らず、本作でのリズムセクションの音の変化には驚くべきものがある。これまでになくクリアにインゲブリクト・ホーケル・フラーテンのべースが聞こえる録音で、その音色とフレージングには改めて驚嘆させられる。また、ポール・ニルセン・ラヴのドラムはもっと具体的に変化している。参加作はもう70枚にもなろうかという彼だが、こんなに柔らかなドラミングを聞くのは初めてだ。ドラマーというよりパーカッショニスト的な演奏が多いとも言い換えられる。彼自身によると、楽曲の変化がその理由で、よりオープンなものが増え、それぞれのミュージシャンが自由に表現することができるようになり、結果彼の演奏はより緩やかなものになったという。

続くホーヴァル・ヴィークの「ABC 101 b」でもその言葉を裏付けるような演奏が聴かれる。来日公演ではいずれのメンバーも完全なソロ演奏はあまりなく、デュオで演奏する場面が多く見られたのが印象に残っている。楽曲を究極までテンションを高めて演奏することを趣旨とするアトミックが、それを保ちつつより自由な演奏を加え続けるプロセスは個々の曲にも見て取れる。

一転してインゲブリクト・ホーケル・フラーテンが弾くシンプルなフレーズがいつまでも脳裏に残る「Sooner Or Later」、そのベースに寄り添ったり離れたりするホーヴァル・ヴィークのピアノ、そしてマグヌス・ブルーによるトランペットが美しいバラードだ。

アトミックは最後に加入したフレデリク・ユンクヴィストのマテリアルを演奏することによりその音楽性を確立してきたが、このアルバムでは大きな変化が見られる。アルバムの半分を占めるようになった一番若いメンバー、ホーヴァル・ヴィークの作曲面での貢献である。これは彼自身が作曲家としてより上を目指した成果とのことで、かなり異なったタイプの楽曲を手がける2人のソングライターの存在は、さらにアトミックの音楽の幅を広げるものだ。そのホーヴァル・ヴィークのオリジナル、強力なフォービートから始まり、様々に展開する「Crux」は先のフレデリク・ユンクヴィストによる「Poor Denmark」と並んでアルバム中最も新しい楽曲である。

そして同じくホーヴァル・ヴィークによるタイトルどおりの終曲「Closing Stages」。そのアグレッシヴでありなおかつ美しい演奏は、最後の音が突然消えた後にどれほど長く強い余韻を残すだろうか。

このアルバムは、ジョン・ケージ(1912-1992)の著作『A Year From Monday』(1967年)の中の一文から「Happy New Ears!」とタイトルされた。ジョン・ケージがデイヴィッド・チュードアと来日公演を行ったのが1962年。その翌年末、1963年12月に日本のラジオ局の依頼で、日本の音楽ファンのために送ったメッセージの一部がスリーブに引用されている一節で、それに続くのがタイトルとなった言葉だ。アトミックは2005年末にこのアルバムを完成させ、それを聴く人に「Happy New Ears!」というメッセージを送る。彼らの本質を受け止めることができる人は、幸せな耳を持つ人である。

2006-02-08 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCM-1090 / 原盤 Jazzland Recordings, 2005