トーマス・ストレーネン『パリッシュ』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD
Bobo Stenson (p)
Fredrik Ljungkvist (cl, ts)
Mats Eilertsen (b)
Thomas Strønen (ds)
1. Improvisation I (Strønen, Stenson)
2. Suite For Trio I (Ljungkvist)
3. Suite For Trio II (Strønen, Stenson, Ljungkvist)
4. Suite For Trio III (Strønen, Stenson, Ljungkvist)
5. Suite For Trio IV (Strønen, Stenson, Ljungkvist)
6. Improvisation II (Strønen, Ljungkvist, Eilertsen)
7. Easta (Strønen)
8. Daddycation (Strønen)
9. Travel I (Strønen)
10. Quartz (Eilertsen)
11. Murring (Strønen)
12. Travel II (Strønen)
13. In Motion (Strønen)
14. C Moll Maj (Ljungkvist)
15. Improvisation III (Strønen, Stenson, Ljungkvist, Eilertsen)
16. Nu (Strønen)
この作品はパリッシュというグループのセカンドアルバムであると同時に、ECMへは初登場となるノルウェー人ドラマー、トーマス・ストレーネン(1972年生まれ)の初リーダー作でもある。
2000年8月、ノルウェーの首都オスロの短い夏を締めくくる恒例のオスロ・ジャズフェスティバルで、隣国スウェーデンのベテランピアニスト、ボボ・ステンソン(1944年生まれ)のプログラムが組まれた。ステージは2部に分けられ、第1部はソロ、第2部は地元オスロの若いリズムセクションとの顔合わせによるトリオでの演奏である。第2部に登場したのはトーマス・ストレーネンとマッツ・アイレッツェン(1975年生まれ)。その時点においても、また現在に至るまでも互いに最も多く共演している名コンビとはいえ、それまで共にほんの数枚のレコーディングしかなかった彼らのキャリアからすると抜擢と言えるだろう。
その2000年のトリオによるステージは絶賛を呼び、その後もステンソンの新しいトリオとして継続して活動する一方、グループは4人目のメンバーを迎え入れる。スウェーデン出身のフレデリク・ユンクヴィスト(1969年生まれ)だ。2001年、こちらはフィヨルドに春を告げるフェスティバル、ヴォッサ・ジャズで一度この4人で演奏した後、同年8月に再びカルテットとしてオスロ・ジャズフェスティバルに招かれる。その時の演奏はこの4人で新たなグループとして活動していこうという決意をさせるに足るものであり、録音されたそのステージは2004年にオランダのレーベルChallenge Recordsからファーストアルバム”Rica”としてリリースされた。収録されているのは5曲、いずれもライブならではの長尺で、17分以上にも及ぶビル・エヴァンスの”Very Early”やサム・リヴァースの”Beatrice”、ステンソンの2000年リリースのトリオ作『セレニティー』(ECM)にも収録されていた”Tonus”、それにアイレッツェンのオリジナルを2曲含むマテリアルに即興演奏を織り込んだ演奏である。
このパリッシュにおいてトーマス・ストレーネンがリーダー格となった背景には、彼のここ数年の目覚しい躍進ぶりがある。これまでのレコーディングは30枚近くとなるが、その枚数よりむしろ、この新作がレコーディングされた2004年にリリースされたのがそのうちの実に11枚に及ぶことに注目したい。半数が国外のミュージシャンとの共演で、脚光を浴びるというのとはまた異なるが、着実に注目される存在になってきている。
それらの参加作はジャズロックからボーカルもの、ピアノトリオから即興演奏まで実に多種多様。彼の演奏には特に目立った特徴があるわけではなく、柔軟にそれぞれの音楽に応じたドラミングが出来るプレイヤーだ。しかしそれらのユニットの音楽は、彼の参加により確実に面白いものになったり、グルーヴィーになったり、色鮮やかになったりする、そんな味のあるドラミングの持ち主である。また演奏家であると同時に、メロディーを書き、音楽全体をプロデュースする能力をもつ音楽家でもある。
多くのグループに参加する中、パリッシュ以外で最近の彼の活動の中心となっているのがカルテットFood、デュオHumcrushとPohlitz名義でのソロだ。
パリッシュと同じストレーネン/アイレッツェンのリズムセクションに、イギリス人サックス奏者イアン・バラミーと、ECMへの録音も多いノルウェー人トランペッター、アルヴェ・ヘンリクセンをフロントに据えたFoodは4枚のアルバムリリースがある。1998年の結成以来緩やかに音楽を変化させ、現在は完全に即興演奏にシフト、それと同時にこちらもストレーネンがリードする形になっている。
Humcrushは、ノルウェーのレーベルRune Grammofonを代表する即興演奏グループSupersilentや、またレコーディングこそまだないもののテリエ・リピダルのSkywards Trioのキーボード奏者として活動しているストーレ・ストーレッケンとのデュオで、2004年にRune Grammofonからファーストアルバム”Humcrush”をリリースしている。共にエレクトロニクスを使い、飄々としたやり取りを見せるユニークなデュオだ。
Pohlitz名義のソロはHumcrushデュオをもう一歩進めた音楽性を持つ。現在準備中のファーストアルバムのリリースに先立ち、2005年4月のノルウェー=日本国交100年記念のイベントのため来日、ヴォイスパフォーマーの巻上公一と共演した。床に座り、一面に並べたベルやドラを叩きながら、エレクトロニクスを駆使し、自身の音、そして共演者の声までをサンプリングし、リピートして新たな音と重ね合わせる。このパリッシュの新作に収録されている”Travel I / II”のソロ演奏に通じる小さなメロディーとビート、それに非常に現代的なグルーヴを同時に扱う静かなパフォーマンスである。
そのストレーネンの良き相棒であるアイレッツェンは2004年にノルウェーの新しいレーベルAIM Recordsから初リーダー作となる”Turanga”をリリースした。リズムセクションはストレーネンとのコンビ、フロントの顔ぶれはオランダのチェリスト、エルンスト・レイセハーとフレデリク・ユンクヴィスト。パリッシュのファーストアルバムのタイトルトラックとなったアイレッツェンのオリジナル”Rica”も収録されており、メンバーも3人まで重複するが、リーダーの持ち味の違いが出ており、アルバム全体を通して相当に異なる印象を受けるところが面白い。尚、アイレッツェンはECMへはノルウェーのギタリスト、ヤコブ・ヤングの『イブニング・フォールズ』(2004年)に続く2枚目のレコーディングとなる。彼自身が優れた作曲家であることに裏づけされたフレーズと、豊かな音色の持ち主である。
フレデリク・ユンクヴィストは日本やノルウェーではアトミックのメンバーとして知られるだろう。極めてオーソドックなジャズを演奏しながらも、現在の音楽としての説得力を持つグループで、奇しくもパリッシュ結成の時同様ユンクヴィストが重要なメンバーとして最後にグループに加わり、アトミックのほうは彼のオリジナルを演奏するようになったことでその方向性を決定付けた。地元では自身のグループを率いて活動するバンドリーダーとして知られ、2004年には「ジャズ・イン・スウェーデン」というスウェーデン・ジャズ界で最も大きな賞を受賞している。その副賞として製作された最新作”Yun Kan 12345” (2004; Caprice Records)はその受賞に相応しい力作だ。このパリッシュのアルバムでも終盤の14曲目、バロック音楽を思わせるテーマを持つ”C moll maj”でその作曲家としての才能を見せている。演奏の面では、テナーサックスはもとより、そのクラリネットの柔らかな響きが何より彼らしい音色である。
ボボ・ステンソンについてはもはや多くを語る必要はないだろう。ECMの黎明期から録音を残し、レーベルの印象を決定付けた1人である。硬質で美しい響きの即興演奏の間にあって、アルバム中で異色の13曲目”In motion”では、スウィングする温かなフレーズに一瞬ECMというレーベルのフィルタを外れたステンソンの素顔を垣間見るようで楽しい。尚、この曲にはポール・モチアンの音楽の「天才的なシンプルさ」への小さなオマージュも込められているという。ステンソンはこのパリッシュの新作と同時にトリオ作”Goodbye”をリリースするが、そちらはそのモチアンとの共演となる。
このパリッシュの新作には、ライブ録音の前作から3年、その間多くのフェスティバル等に出演し、グループでの演奏を重ねてきた結果の変化が見られる。スタジオ録音ではビジュアルが伴わない分ライブより音楽が伝わるのにより時間がかかるため、よりストレートに表現しようとしているとストレーネンはいう。その上でこのレコーディングではライブの感覚をスタジオに持ち込み、「強い音楽」を作り出そうとしたと続ける。
前半、6曲目までは比較的即興演奏の度合いが高い。デュオ、トリオ、カルテット、そして後半にはパーカッション・ソロもあり、様々な角度からこのアンサンブルの表情を捉える。静かで音数を減らしたその演奏を、北欧らしい、またはECMらしいとすることも可能だが、この「空間」がパリッシュの1つの特徴だと彼ら自身は捉える。
後半はメロディーが印象的なオリジナルが並ぶ。即興演奏が続いた直後に登場する7曲目”Easta”のノスタルジックな陰影のあるメロディーはあまりに鮮やかだ。11曲目”Murring”は先述のFoodのファーストアルバム”Food”(1999; Feral Records)に、8曲目の”Daddycation”は同じFoodの最新作”Last Supper” (2004; Rune Grammofon)に収録されていた佳曲の再演、いずれもストレーネンのオリジナルである。これらの美しい楽曲をドラマーが書いているという事実に驚きを禁じえない。尚、パリッシュではメンバー4人共に作曲するが、ストレーネン自身はこのレコーディングに際して直前に相当な楽曲を書いたといい、アルバムの大半が彼の楽曲で占められることになったのはプロデューサーであるマンフレード・アイヒャーのチョイスによるそうだ。
トーマス・ストレーネン自身によると、パリッシュの核となるのは、作曲と即興演奏、メロディーとアブストラクト、テンポとルバート(演奏者が音の長さを自由に決めること)、テクスチャーとソロ等々というそれぞれ相反するもののバランスと取ることだという。即興演奏の自由とともに楽曲が必要であり、またその楽曲を常に異なるように演奏する自由も必要だとしている。
2005年4月に初来日を果たしたトーマス・ストレーネンが、その公演の後に自身の音楽について語ってくれた。出来る限りシンプルに、シリアスに音楽を表現したい、たとえそれが複雑なプロセスを踏むものであっても、またたとえそれを聴いた観客がどう捉えようと構わない、と。そう語るトーマス・ストレーネン自身が、その穏やかな語り口やまなざしを含めて、まさしくそのような存在なのである。
2005-09-14 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCE-1059 / 原盤 ECM Records, ECM 1870, 2005